6/15/2021

創世神話に共通する「無」

ホピ族でいう無限宇宙や創造主タイオワは「無」で、それは世界各地の創世神話で様々な言葉で表現されている。この無から神が生まれ、その神が天地や人間を創造する形式となっている。これは宇宙誕生のビッグバンも表している。

・北アメリカの先住民ホピ族で「無」は創造主タイオワ、トクペラ(無限宇宙)。トクペラからソツクナングが生まれ、宇宙を作った。
・北アメリカの先住民チュフウフト族の神話では、水と暗闇。始まりのときには水と暗闇しかなかった。暗闇が押し寄せては分かれ、とうとう暗闇が濃密に集まった場所のひとつからひとりの男が現れた。男は次のように歌った。「世界はそこにある。こうやって私は世界を作る。ごらん、世界はここにある。世界は仕上がった。」
・アメリカのカリフォルニア州南部のディエグェノ族の創成神話では、原初の塩の海。原初の塩の海から二人の兄弟が現れ、最初に大地を、次に月と太陽を、そして最後に男と女を生み出した。
・カナダのハイダ族の伝承では、原初の海。原初の海からワタリガラスが飛び立ち、ハイダ・グワイ(クイーン・シャルロット諸島)を出現させた。
・ハワイのクムリポという神話では、昼のない永い夜ポー。地母神パパと天空神ワケアが固く抱き合っていたため、外から光が射し込めなかった。このポーの暗闇からサンゴ虫、次にフジツボとナマコ、魚植物、爬虫類、鳥、犬や豚、神々が生まれた。神々は抱き合ったパパとワケアを無理やり引き離し、世界が光で満ちあふれた。その後、人間も生み出された。
・マヤ文明の神話ポポル・ヴフでは、ただ静かな海と限りなくひろがる空。創造主(ツァコル)と形成主(ビトル)、テペウとグクマッツ(ククルカン)、アロムとクァホロムだけが水の中で輝いていた。テペウとグクマッツが叫ぶと水の中から大地、山々が生み出され、その後、動物なども作られた。
・オーストラリアのアボリジニ神話の一つでは、無限の砂漠。この世の始めに、虹蛇のエインガナはたった一人で無限の砂漠に横たわっていた。エインガナはそれに飽き、地上に存在する全ての生き物を生み出した。
・別のアボリジニ神話では、海しかない世界。根元神で虹蛇のウングッド(ウングル)は、海しかない世界で海底の泥が集まって生まれ、己しかいない寂しさを失くすために命を生みだそうと考える。 そこでまずブーメランで海を撹拌(かくはん)して泡立て、その泡で巨大な大地を作り上げ、そこに無数の卵を産んで生命を増やしていった。
・タヒチでは闇。世界に何も無く闇だけの頃、タンガロアが住む大きな貝殻だけがあった。タンガロアは自分の住んでいた貝殻をゆっくりと高く高く持ち上げた。それは大きな天の半球となり、空(そら)になった。
・ミクロネシアのマリアナ諸島の神話では虚無。世界最古の存在は、プンタンという巨人とその姉妹で、かれらは虚無の中でただ二人きりで暮らしていた。プンタンは死ぬ前に姉妹に遺言して、自分の世界から世界を造らせた。彼の胸と肩から天と地が造られ、両目は太陽と月となり、まつ毛からは虹ができた。
・西アフリカのマリ共和国のドゴン族では、はじまりの世界には宇宙すらなく、天の創造神アンマのみが存在していた。アンマは言葉から宇宙を生み、次に最初の生命キゼ・ウジを創造し、キゼ・ウジは原初の子宮の「世界の卵」を産む。
・ナイジェリアや西アフリカに分布するフラニ族の神話では、巨大な一滴の乳。始まりのとき、巨体な一滴の乳以外には何もなかった。それから創造神ドゥーンダリがやってきて、石を作り出した。石は鉄を作り、鉄は火を作った。火は水を作り、水は空気を作った。ドゥーンダリは再び地上に降りてきて五つの元素から人間を作り出した。
・中央アフリカのクバ族の神話では水。世界の最初にはただ水しかなかった。そこで巨大な創造神ブンバは、嘔吐(おうと)して、太陽、月、星を吐き出した。これらによって光が生じて、世界に熱が生まれ、水が乾いていった。
・エジプト神話では、原初の大洋ないし混沌ヌン。混沌ヌンからラー(アトゥム)が誕生した。
・バビロニアの創世記叙事詩エヌマ・エリシュでは、父親で淡水の海アプスーと混沌を表す母ティアマト。はじめにアプスーがあり、すべてが生まれ出た。混沌を表すティアマトもまた、すべてを生み出す母であった。
・ギリシャ神話ではカオス(混沌)。天と地と海が造られるまで世界は見渡す限りただ一つで、カオス(混沌)と呼んだ。それは一つの混乱した形のない塊(かたまり)で、おそろしく重たい物であったが、その中には物の種子が眠っていた。神と自然がついに手をくだして、海から地を切り離し、地と海から天を切り離して、その混乱を整理した。
・イスラム教の聖典コーランでは無。神アッラーはまず無から万物を創造し、またそれを引き返し給(たま)う。アッラーは天と地を無から創り出し、暗闇と光を置いた。彼こそは生ける神、永遠(とわ)に在るもの。
・ユダヤ教に基づいた神秘主義思想カバラでは、アイン(無、0)。アインからアイン・ソフ(無限)が生じ、アイン・ソフからアイン・ソフ・オウル(無限光)が生じた。
・キリスト教の新約聖書のヨハネによる福音書では、言(ことば)。初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神とあった。万物は言によって成った。
・キリスト教の旧約聖書の創世記では「無」に該当する名称はないが、その後の神が登場する。「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は『光あれ』と言われた。すると光があった。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。」
・イラクのクルド人のヤズィーディー教でも「無」に該当する名称はないが、その後の神が登場する。「神は自身の顕現(けんげん)である七大天使を生み出した。また神は壊れた真珠のような球から宇宙を作り、七大天使の長で孔雀の姿をしたマラク・ターウース(Melek Tawusi)を地球へ送る。地球には神によって作られた不滅で完璧なアダムがいた。」
・グノーシス主義ヴァレンティノス派では、原初・原父プロパトール。唯一存在したプロパトールが諸アイオーンを創造した。またヌースというアイオーンがキリストを生んだ。
・グノーシス主義セツ派では、至高神で両性具有の見えざる霊。そこから最初のアイオーンであるバルベーローが生まれる。
・グノーシス主義オフィス派のバルク書では、初めに何ものからも生まれずに存在した三つの原理。第一の原理は「善なる者」、第二の原理は「万物の父」または「エロヒム」、第三の原理は「エデン」または「イスラエル」と呼ばれた。
・ゾロアスター教の聖典アヴェスターでは無限時間(ズルワン)。「牛と天則を創造し給い、水とよき草木を創造し給い、もろもろの光明と大地と一切のよきものを創造し給うたアフラ・マズダー(スプンタ・マンユ)を、このようにわれらは崇める」。アヴェスターの中では、「無限時間」と「アフラ・マズダー」の登場箇所は異なる。
・後期ゾロアスター教のズルワン派では、ズルワーン(無限の時)。ズルワーンからアフラ・マズダなどが生まれた。
・北欧神話がまとめられた書物エッダでは、底なしの大洋と霧のような世界。霧の世界の南方の光の世界の空に雲ができ、その雲からユミルと呼ぶ霜(しも)の巨人およびその一族と、牝牛(めうし)のアウズンブラが生まれた。アウズンブラから生まれた人間の姿をした神は、オーディン、ヴィリ、ヴェーという三人の兄弟を作った。
・フィンランド神話カレワラでは、原初の海洋。世界の初めには大気の娘であるイルマタルがひとりで原初の海洋の上を漂っていた。
・ルーマニアの神話では一面の水。世界が創造される以前には、ただ一面に水だけがあり、その上に神と悪魔が居た。神は陸地を造ることに決め、悪魔に海の底に潜って、神の名によって大地の種を採って来るよう命令した。
・古代インドの聖典バガヴァッド・ギーターではいくつかの名前で呼ばれている。聖バガヴァッド、プルシャ、ブラフマン、アートマン、クリシュナ、本初の神、私など。「私は一切の本源である。一切は私から展開する。古(いにしえ)の七名の大仙と四名のマヌは私と同じ性質を有し、私の意(こころ)から生じた。彼らから世の生来(せいらい)が生じた。」
・古代インドの聖典マハーバーラタの第一巻では大宇宙。
遥かな太古、未だ輝きも光もなく、闇一色に閉ざされていた大宇宙に、一切の被造物の尽きざる種子である大いなる「卵」が出現した。それはマハーデーヴァ(大いなる神、シヴァ神の別名)と呼ばれ、ユガ(時間)の始まりととともに産み出された。その中には「ブラフマー」が存在していた。この卵からピターマハ、マヌ、ダクシャとその七人の息子、水、天界、大地、空気、空、季節、週、日、夜などが誕生した。
・古代インドの聖典チャーンドーグヤ=ウパニシャッドでは無。「太初において、この無こそ存在した。それは常に存在した。それは展開した。かの卵が生じた。それは一年の間横たわっていた。その卵は(二つに)割れた。卵殻の一つは銀色になり、他の一つは金色になった。この銀色のものは大地であり、金色のもとは天である。(中略)この世に存在する一切のものと、あらゆる欲望とが現れた。」
・仏教の般若心経(はんにゃしんぎょう)では空(くう)。色即是空(しきそくぜくう)は「万物(色)を本質的に突き詰めると実体は存在しない(空)」の意味。
・チベット仏教の14世紀の王統明鏡史(おうとうめいきょうし)では、ただ際限のない空虚な空間。そこに十方(じっぽう)から風が起こり交錯(こうさく)しあって、十字の風といわれる風輪ができ、様々なものができていく。
・南アジア、アホム族の神話では太洋の水。始まりのとき、神も人間もいなかった。太洋の水が虚空を取り巻いていた。天地はまだ存在しておらず、空気もまだなかった。ただ全能の存在である「偉大な神」のみがいて、彼は巣の中のミツバチの群れのように浮遊していた。彼は宇宙に秩序をもたらし、大地を住める場所に変えた。
・フィリピンのタガログ族の神話では海と天。世界が始まったとき、陸地はなく海と天だけがあった。海と天の間にトビという鳥がいた。陸風と海風は結婚し、竹の姿をした子供をもうけた。ある日、この竹は水の中を漂っている間に、波打ち際でトビのあしを打ってしまった。怒った鳥が足をつつくと、突然ある部分から男が、別の部分から女が現れた。彼らは多くの子供を作り、そこからすべての人種が生まれた。
・モンゴルの創成神話では水。天地創造以前は一切が水であって、天も地も存在しなかった。そのとき神々の中で最高の神であり、全ての存在の創(はじ)めであり、人類種族の父であり母であるテンゲル・ガリンハン(テングリ・ハイラハン)が現われ、先ず自分と同じような形態の人間を作った。
・モンゴルの別の創成神話でも水。はじめ水だけがあり、天から仏教の神ラマが鉄の棒を持ってやってきて、かき混ぜはじめた。すると風と火が起こり、その水の中心部が厚くなって地球が誕生した。
・ブリヤート・モンゴル族の神話では原初の海洋。原初の海洋の上に、創造神ソンボル・ブルカンがいて、最初の陸地を作った。
・中国神話の三五歴紀(さんごれっき)では、卵の中身のように混沌とした状態。その中に盤古(ばんこ)が生まれ、天地が分かれ始めた。
・中国の道教では、道(みち)やひっそりして形のないもの。何かが混沌として運動しながら、天地よりも先に誕生した。それはひっそりとして形もなく、ひとり立ちしていて何者にも依存せず、この世界の母ともいうべきもの。別の箇所では、無という道(みち)は有という一を生み出し、一は天地という二を生み出し、二は陰陽の気が加わって三を生みだし、三は万物を生み出す、とある。道(みち)を神格化したのが太上道君(たいじょうどうくん)。
・中国の陰陽思想では、原初の混沌(カオス)。この混沌の中から陽の気が天となり、陰の気が地となる。
・古代中国の書物「易経(えききょう)」では太極(たいきょく)。太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずる。易経の著者は伏羲(ふっき)とされ、伏羲は2匹の蛇の体を持っていたので共通シンボルという結論だった。
・中国のバイ族に伝わる神話では大洋。大洋の底で眠っていた巨大な原初の黄金の竜が騒ぎによって目覚め、その腹から最初の祖先たちが生まれた。
・韓国の済州島(さいしゅうとう)に伝わる天地開闢(てんちかいびゃく)の物語では混沌。昔、世界には天も地もなく混沌のみがあった。ある時、混沌の中に隙間が生じ、天地王ボンプリが生まれた。
・日本書紀では、鶏(にわとり)の卵のような混沌。その時天地の中に一つの神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が生まれた。
・日本の古事記では高天原(たかあまはら)。「天と地が初めて現れた時に、高天原(たかあまはら)に成った神の名は、天之御中主(あめのみなかぬし)の神、次に高御産巣日(たかみむすび)の神、次に神産巣日(かみむすび)の神」。つまり天地が現れた時から存在し、神が生まれ出てくる高天原(たかあまはら)とは「無」のこと。
・北海道南部のアイヌ民族の伝承では、まだ何もない時。昔、この世に国も土地もまだ何もない時、ちょうど青海原(あおうなばら)の中の浮き油のような物ができ、これが空となり、残った濁ったものが島(現北海道)となった。その内、モヤモヤとした気が集まって神カムイが生まれ出た。

「無」の表現は他にも、絶対無(ぜったいむ)、創造主、魂(たましい)、霊魂(れいこん)、霊体(れいたい)、永遠、沈黙、静寂、意識、真我、愛、存在のすべて、大いなる存在、大いなる神秘、大いなる知性、グレート・スピリットなどの表現がある。

グレート・スピリットはネイティブ・アメリカンの創造主で、大いなる神秘のこと。スピリットは日本語で言えば魂(たましい)。魂は霊魂(れいこん)、霊体(れいたい)とも同じ。「魂は不滅」という表現も、魂である「無」は不滅ということ。ギリシャ神話では霊魂のことをプシュケと呼び、そこに登場する神の名でもある。インドでは霊魂を示す言葉としてアス、マナス、プラーナ、アートマンといった言葉がある。

チベット仏教のチベット死者の書では、空を意識としている。
「汝の身体は、潜在意識が形をとったものである。空なる意識からできた身体にほかならない。」つまり空である無は意識のことを指している。

このように無から神が生まれ、そして天地や陰陽が作られ、宇宙が誕生し、太陽、月、地球、大地を作り、谷、川、動植物、人間などあらゆる生物を作ったという共通点が各神話で見られる。そしてこの天地創造の物語はビッグバンを表している。つまりこの宇宙は意識である「無」の意思により作られたということを意味している。そしてこのビッグバンによって宇宙が誕生する前には、意識のみが存在したということでもある。

中国の陰陽思想を表す太極図(たいきょくず)は、太極のなかに陰陽が生じた様子が描かれている。太極は原初の混沌である無を表し、そこから陰陽に分かれる天地創造のビッグバンを表したものが太極図ということ。


太極図

 

またここでは無は卵として表現されていることも見られたが、これは宇宙卵(うちゅうらん)と呼ばれ、世界各地に石球として見られた。

エジプト神話の原初の大洋ヌンから生まれたラーやアトゥムには、太陽、紀章ウラエウス、手の十字のアンク、ウアス杖のシンボルが見られ、これらも共通のシンボルということ。このラー、アトゥムに相当するのが、上記にあるように日本では国常立尊(くにのとこたちのみこと)、ホピ神話ではソツクナングなど。

アトゥム
ラー

聖典バガヴァッド・ギーターで無を象徴する聖バガヴァットは「私はルドラ神群におけるシャンカラ(シヴァ)である」と述べている。このヒンドゥー教の主神シヴァは共通シンボルである1匹の蛇を首に巻き、三日月の装飾具、3つの刃がついた三叉槍(さんさそう)という武器などを持つ。つまりシヴァも共通シンボルも無を表したもの。またそこに出てきた聖バガヴァットと同一のプルシャ、ブラフマン、アートマン、クリシュナ、本初の神も、意識である無を表したものということ。

シヴァ(三叉槍、首の蛇)
シヴァ(頭頂の三日月、首の蛇)

同じくバガヴァッド・ギーターで「私(プルシャ、ブラフマン、=無)は武器のうちのヴァジュラ(金剛杵)である。」と述べられている。その金剛杵もアイオーンの胸に見られる。つまり共通シンボルも無をシンボル化したもの。

 

アイオーン
アイオーンの金剛杵(稲妻)

1匹の蛇や三日月のシンボルが見られたサバジオスの手には2匹の蛇も見られたが、インドの蛇神(じゃしん)ナーガラージャや、古代中国の神の伏羲(ふっき)と女媧(じょか)も2匹の蛇の体で、無のシンボルという結論。中国のバイ族の神話には竜が出てきたが、竜も共通シンボルという結論で、ヨーロッパではドラゴンとなる。


6/13/2021

メキシコのアステカ


メキシコの神ケツァルコアトルは農耕神、トウモロコシの提供者、死と復活の象徴、風の神、金星の神、明けの明星などの象徴で、処女である母チマルマンから生まれた。次の画像はケツァルコアトルの黄金比の渦模様。



dc894-52525e32525822525b12525e32525832525842525e32525822525a12525e32525832525ab2525e32525822525b32525e32525822525a22525e32525832525882525e32525832525ab2525e72525a525259e252

神トナティウは太陽神で、手に有翼円盤を持ち、鷲の羽根飾りを身にまとっている。つまりアステカ神話にも共通シンボルが見られる。

 

6/12/2021

アケメネス朝のペルセポリス

ダレイオス1世が建設したとされるペルセポリスにも、切込み接(は)ぎの石積みが見られる。


メソポタミアの松ぼっくりを持つ浮き彫りでは、頭の上にフルール・ド・リスという紋章が見られる。

 

 

 
このフルール・ド・リスもペルセポリスで見られる。次の画像の左の植物の下に彫刻されている。

 

 

このフルール・ド・リスの上に乗る植物はペルセポリスの壁画にも見られる。そこには12枚花弁のシンボルも見られる。

またこの植物と同じ模様が、メソポタミアの生命の樹に見られ、そこにはハンドバックや松ぼっくりのシンボルもある。下の左がペルセポリス、右がメソポタミアの生命の樹。これも世界各地に見られる樹木崇拝と共通する。

ニンギシュジッダ

 
次はペルセポリスの第10代目の王アルタクセルクセス3世の墓に見られる壁画。そこには共通シンボルの弓矢、有翼円盤、三日月、段々のある台座が彫刻されている。
アルタクセルクセス3世の墓1
アルタクセルクセス3世の墓

次はイラン西部のケルマーンシャー州にあるベヒストゥン碑文。ここでも有翼円盤、弓矢を持った人物が見られる。この弓矢の人物に踏みつけられている人物が手を上に上げている。これものシンボル図で見られる。

メソポタミアの寝そべった人物が手を上に上げたシンボル。

 

6/10/2021

神聖ローマ帝国とヨーロッパの双頭の鷲

紀元前27年からのローマ帝国の国旗には、1羽の鷲(わし)がデザインが見られた。ローマ帝国の東西分裂後、395年から東ローマ帝国で双頭の鷲が使用された。480年頃滅亡し800年に復興した古代西ローマ帝国という理念の神聖ローマ帝国も、国旗・国章ともに双頭(そうとう)の鷲(わし)を使用し、800年から1806年まで続く。この国はドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を中心に存在した。


双頭の鷲(わし)はイランのジーロフト文化で見られた。

双頭の鷲は神聖ローマ帝国とハプスブルク家の紋章となり、オーストリア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、ドイツ国などにも継承された。ハプスブルク家は政略結婚により20世紀初頭まで、オーストリア大公国、スペイン王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国などの大公・国王・皇帝の家系となる。1472年にはロシア帝国も、16世紀にはスペインの国章も双頭の鷲(わし)になる。

東ローマ帝国の双頭の鷲は1453年頃の滅亡後、ギリシャ正教会、コンスタンティノープル総主教庁、セルビア、アルバニアなどに継承された。